ゼロ・サム社会から弥栄社会へ(その5)
何のために私は生まれてきたのか?

科学では「何故」という問いかけに答えることが出来ないにも関わらず、現代人にとって科学信仰は根強いものがあります。
自分の言ってることが正しく、相手が間違っていると主張するとき「あなたの言っていることは科学的でない」として、科学を味方につけようとします。
「君の言っていることは、科学的じゃないよ」なんて言われるとそれだけでもう一巻の終わりですね。
負けたくないし、権威も落としたくないので男性は皆「科学的」なふうを装っているものですが、最近は女性まで「科学的」であろうとしているように見えます。

「何故」は科学でなくサムシング・グレイトの領域に属します。
「人は殺してはいけない」のです。

もうすでに私もあなたも生まれてきてしまっています。
何のために生まれてきたのでしょうか?
もちろん科学では何も答えてくれません。
ひとつ言えること、それは幸せになることではないでしょうか?
ゼロ・サム社会から弥栄社会へ(その4)
科学の限界2

机や椅子のような単純なものでも設計図無しに作ることは出来ません。
ですから、無限大とも言える宇宙や精巧極まりない原子のような微少な世界も何らかの意図無しに出来上がったとは考えられないのではないでしょうか?

現代科学では、創造主(サムシング・グレイト)は存在しないという仮説のもとに成立しています。

「この宇宙を創った知的存在がある」という仮説に基づく科学があるとするならば、
科学者であれば「創造主(サムシング・グレイト)がお創りになったこの宇宙は一体どうなっているのだろうか?その秘密をちょっと覗いてみよう!」という発想で、未知の世界の解明に挑むのではないでしょうか?

「死後の世界?そんな非科学的なことは言うなよ!」なんてこともなくなるかも知れませんね。

とにかく科学では「何故」を問うことは出来ません。
科学では答えられない質問をしているところに、20世紀科学文明の終焉を見ることができるのではないでしょうか?
ゼロ・サム社会から弥栄社会へ(その3)
科学の限界(1)
「この世の中、科学万能でやってきて、文明が進むにつれて自殺者が増える。
とするなら科学万能の近代文明が人を殺しているのではないか?
科学一辺倒ではどうにもならないのではないか」というのが第二の問題提起です。

科学は本当に万能なのでしょうか?

科学ではHOW(どのようにして)は問うことが出来ても、WHY(何故)を明らかにすることは出来ないと言ってもよいと思います。
科学者によって、宇宙が膨張しているということが解明されていますが「何故宇宙は膨張しているのですか?」という問いには答えることは出来ません。

「地球は太陽の周りを自転しつつ公転している」ことは明らかにされていますが、何故未来永劫、そんな凄いことが可能なのかについては答えることが出来ません。

「何故」は人知を越えているのですね。
ゼロ・サム社会から弥栄社会へ(その2)
90年代に入ってから日本経済は深刻な不況を体験し、かつてはタブーとされていたリストラが当たり前のように大手を振って行われ今日に至っています。

リストラでもして利益を確保しないと信用が落ちてお金も借りることが出来ないという状況があるからです。

目も当てられないのが大企業の下請けをすることによって生計を立てている中小零細企業です。

大企業から採算の合わない仕事を押しつけられたり、仕事が回ってこなかったりするのですから・・
それでなくとも借金で首が回らない。
経営者には、自殺をするしか道が残されていないのでしょうか?

そのくせ第三セクターなどでは無駄なお金がジャブジャブ使われています。
真面目にやっている人を自殺に追い込んで知らぬ顔をしている―――今の社会で行われていることは人殺しと変わらないのではないか?

”それでは何故人を殺してはいけないのですか?”という問題提起がこの問いにはあるように思われます。
ゼロ・サム社会から弥栄社会へ(その1)
(株)トータルヘルスデザイン 代表者 近藤洋一さんの提言です。
少し長いので数回に分け掲載したいと思います。皆さんも一緒に考えてみましょう。

「何故人を殺してはいけないのですか?」これは究極の問いですね。
はじめてこの問いかけ聞いたときはもう吃驚してしまいました。
関西弁で恐縮ですが、「人を殺したらあかん?そんなこと、あたりまえやないか。世の中一体どないなっとんねん」と思ったものです。
人を殺したらいけないという自明のことにその理由をいちいち説明しなければならないとしたら、日本人が長い年月をかけて育んできた文化や暗黙知は根底から覆ってしまうのではありませんか?

しかし、こんな問いかけがなされるからには、それなりの時代背景があるのだと思います。
また問いを発する人はすでに答えを持っているものです。

その事について考えてみたいと思います。